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2010年 02月 08日
mort d'une maison "Hi-en-sou" par Tougo Murano
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2月7日(日)、村野藤吾(1891-1984)による名高い戦前の住宅建築「比燕荘」が、この日、息を引き取った。

「比燕荘」は、京都の百貨店「丸物」の創業者・中林仁一郎の邸館として、1941(昭和16)年12月に建てられた。設計は村野藤吾、施工は清水組(現・清水建設)で、棟梁は数寄屋の大工として名高い中村外二。

椎原保さんの昔の同級生が村野藤吾のお孫さん(建築家・波多野文夫氏)で、椎原さんから中林さんを紹介され、解体前の屋敷をビデオ撮影することになった。撮影には、1月27日、2月6日、2月7日の計3日通った。

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比燕荘は、見どころはいっぱいあるが、一番気に入ったものの一つは、防空壕としてもつくられた地下室の自然光照明。
丸いガラスブロックが庭側の床下に埋め込まれ、そこから光を取り入れるようになっている。
電気が切れたときのためにも、発電機がある。
戦時中に建てられたということもあり、この地下室ほか、壁面すべてに防炎用の平瓦を貼り巡らした特異な防災住宅になっている。
壁や柱も大事に保存され、半世紀以上、一度も補修の手が入ったことがないのが信じられないくらい、傷みも少ない。品格のある中林家の生活がしのばれる。

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7日は、10時すぎから、かつての上棟式のときに掲げた棟札(むなふだ)と幣串(へいぐし)を下ろす儀式があった。
上棟式とは逆のこの儀式、なんというのか知らないが、今ではめったに行われることはない。
それだけの値打ちのある特別な住宅だと、棟梁の工藤一男氏がいう。
驚くべきことに、棟梁はノコギリで釘を切り、バールで木の表面に触ることなく静かに60年前の釘を抜いた。
なんだか、すばらしいものを見せてもらった気がする。
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中林さんから、燕を頭にあしらったネジをいただいた。
比燕荘の形見のひとつ。大事にしたい。
by peuleu2 | 2010-02-08 03:18 | 観察


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