人気ブログランキング | 話題のタグを見る
2008年 05月 11日
Monsieur Namba
Monsieur Namba_d0141644_00323010.jpg
岡山の小野和則氏が、児島のアトリエで難波道弘氏の最後の茶会を開くというので、10日(土)夕方、草津での湖都楽母のコンサートのあと、そのまま車で岡山に向かった。

かつてはいっしょに展覧会を、という話もあったが、難波さんのからだの具合が予測できないので、小野さん個人でアトリエ開きを兼ねた茶会を企画したのだ。
難波さんは大正4(1915)年8月6日生れだから、今年で93歳。昨年末に訪れたときも会えなかったし、ご家族から最近の様子を聞いて心配していたが、翌11日、お会いしてみたら、意外とお元気でほっとした。
まもなく大阪から三島貴美代さんも来訪。なつかしい顔ぶれの再会となった。
Monsieur Namba_d0141644_00330548.jpg
僕は岡山時代、難波さんとそのまわりに集まった多様な事物と出会うことで、美術への新しい視点をもつことができた。
それは、モノの価値を根本から問い直し、変換/再編する術としての美術、といったらいいか、その意味で、僕の大事な恩人のひとりだ。

難波さんは、外見がデュシャンに似ている。
やせ形の知的な老人というのは、古今東西みな似てくるのか。
難波さんにデュシャンのポスターをもたせ、"Be twin —Mr.N & Mr.D"と題した写真をプレゼントしたことがある。それを小野さんがカラーコピーで拡大して額装し、アトリエに飾っている。
10年の歳月がすっかり映像を色あせさせていた。
そう、僕は、この万物を浸す時間の海と対話することから、自分の美術活動を始めたのだ。
Monsieur Namba_d0141644_00325370.jpg
このアトリエの一角に、僕自身が難波さんから提供を受けたスペースがある。岡山時代はよくここでドローイングをしたり、自由工場のための作品づくりをしたりした。
たった2年ほどのあいだだったが、その場に立つと、当時の記憶、音やにおいがよみがえってくる。
建物再建の話もあるというので、自分のコーナーをかたづけ、作品や道具を持ち帰ることにした。
児島の拠点がこれで消える。少しさびしいが、しかたない。
Monsieur Namba_d0141644_00324249.jpg
小野和則さんと出会ったのが1983年秋。デザイナーをしながら『美術手帖』の展評を嫌々やり、自分の道を模索して、悶々としていた時代だ。
三島貴美代さんとは80年代末に京都で出会って、なぜか気に入られ、その後ずっと交流させてもらっている。老いてますます盛んな100%アーティスト。
彼らといると、自分が美術家としてふがいなく思えてくる。

年内にもういちど難波さんをおたずねしたいものだ。






by peuleu2 | 2008-05-11 23:58 | アート


<< Arrêt vert      écouter la ligne >>