2009年 04月 30日
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アートプロデューサーの橋本敏子さんが、生活環境文化研究所/文化農場の活動をまとめた記念CD+DVD「いづれでもないもの・どこにでもありうること」を出版した。
CDの方は、橋本さんらが実践してきたアートプロジェクトやプロデュースをまとめたもので、DVD は、アートプロジェクトを巡って橋本さんの対談をおさめたもの。対談相手は、上野千鶴子(社会学者)・石井純(パナソニック)・中村政人(美術家)・鷲田清一(哲学者)の諸氏、それに僕。
編集とデザインは、recipの久保田テツさんと丸井隆人さん。
去年の夏に電話がかかってきて、この春で会社の活動に終止符をうつので、記念集をつくるのに協力してほしい、と頼まれた。それで、本当に久しぶりに橋本さんの事務所を訪ねた。

思えば、岡山時代の1994年、自由工場をアサヒビールの加藤種男さんらといっしょに訪ねて来られたのが初対面だったか。訪問目的は、地域での現代美術活動の調査で、この年にできた財団法人地域創造の調査活動の一環だったと記憶する。
地域社会のなかでアーティストが活動する際にほしいものは何か、ときかれて、端的に「理解とお金」と答えたように思う。

その後、橋本さんらの活動は、もともとの都市計画のコンサルティングを越えて、現代美術を都市空間や生活空間のなかに導入していくことに傾いていった。アートプロジェクトの記録と普及を財政的に支援する「ドキュメント2000」なども彼女らの企画だったし、僕自身も関連するシンポジウムやワークショップ、本の出版にいくつかかかわった。

この15年のあいだに、日本の美術環境はそれなりに変わった。画廊や美術館だけでなく、地域社会のなかで活動するアーティストも増えたし、アートNPOもたくさん生まれた。大枝アートプロジェクトが助成を受けたアサヒ・アートフェスティバルも、1990年代の地域とアートをつなぐ活動を背景にしている。
橋本さんは、そういうアートの動きに並走し、ときに自ら流れをつくりだそうとするお母さんのような人だった。アートマネジメントとかいう(僕の苦手な)言葉が定着する前の時代のことだ。今の若い人たちの中には、彼女らの活動を知らない世代も多い。

橋本敏子さんの新しい船出を拍手で見送りたい。
by peuleu2 | 2009-04-30 12:00 | その他


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