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カテゴリ:動く土( 9 )
2010年 09月 04日
@KCUA Café blog
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@KCUA Caféの進行中のドキュメント、この個人ブログで記録していたが、
8月12日以降、忙しくて、できなくなっていた。

そもそもこのブログは、まったく個人的な覚書+便利リンク集だった。
当然、@KCUA Café以外のことも記している。
ところが、参加する「生存のエシックス」展のブログからいつのまにかリンクがはられていて、にわかに「生存のエシックス」の関連プロジェクトのサイト的な性格をおびざるをえなくなった。
これでは公私混同になって、あまりいいことではない。
そこで、@KCUA Caféに関しては、別に専用ブログを作成し、そこに関連資料やドキュメントをまとめて移すことにした。

「水のゆくえ/アクアカフェ2010」

大枝アートプロジェクトから峠の茶屋に至る前史、アクアカフェのための土や竹などの材料調達、制作プロセス、カフェとしての5日間の活動、解体から材料の再収集に至るプロセスを、そちらでまとめておくことにする。
記憶はあいまいだ。きっと将来、事実確認するときなどに役に立つと思う。

ついでにこのブログもいったん切り上げて、第三期に移行しよう。

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L'intérieur de l'@KCUA café, 6:14:46AM, 24 août 2010
by peuleu2 | 2010-09-04 01:19 | 動く土
2010年 07月 24日
@KCUA Café_10: documents
7月13日(火)、朝来て驚いたことに、昨日の強風で、アクアカフェの作り駆けの躯体が東に数メートル動いていた。足場を組み立てていなければ、きっと道路まではみ出ていただろう。
美術館の男性職員数人にお願いして、少しずつ動かし、なんとかもとの位置に戻す。
午後1時から博士課程の審査があるので、大学に飛んで帰る。からだが足りない感じ。

7月14日(水)、疏水事務所の辰巳所長から、僕がデザインした第一竪坑の案内板を展示に使ってよいと提案いただいたので、出来栄えをチェックしに疏水事務所へ。
アピールにはなるが、取り付け方がむずかしい。
午後、美術館で作業しようとするが、雨がひどいのであきらめ、練り土積みの土団子をもって、左官の松下さん宅(宇治)へ赴く。

7月16日(金)
雨が続いて、作業が進まなかったが、ようやく晴れ間が見え出した。
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天井の作業のため、またかたちをキープするため、ワイヤーを張り直し、梁を取り付けた。
太さもすべて不ぞろいで、曲がったものもある竹柱12本を、裂いた竹で胴巻きにしてつくった楕円柱。補助材の使用はやむをえまい。

d0141644_231581.jpg夜、美術館の入口で、いつも親切にしてくださる守衛さんが、立ったまま眠っておられた。


7月17日(土)

d0141644_23174317.jpg昨日つくった梁がさっそく役に立つ。
今回の制作・設置は、長谷川直人先生の協力なくしてありえない。
昔から信頼している土の作家で同僚だが、まさか美術館の前でいっしょにこんなものをつくることになるとは・・・

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久しぶりに学生(漆工の前田、谷口)が手伝いに来てくれて作業がはかどり、とりあえず内側の竹をすべて仮付け終える。

7月21日(水)
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疏水の水を貫通させる実験。

7月22日(木)、今日は大学で会議があるので、美術館での作業ができない。頭の中が真っ白なまま、久しぶりに出た教授会で、某課程委員長として大恥をかく。
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午後、大五さんから借りた押切で、学生たち(村田、稲垣、一柳、藤村)と藁を切る。ザクザクと気持ちいい。
だが、半トン入り土嚢にパンパンに入れて、運ぶのがたいへん。

d0141644_0531627.jpg7月23日(金)、疏水事務所の足立係長の立ち会いのもと、いよいよ疏水からのポンプアップを始める。
これで遠くの散水栓まで水を汲みに行かなくてよくなる。

P3の芹沢高志さんが展覧会に来訪。
お会いするのは久しぶり。



7月24日(土)
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最近、観客から何をしているのかと聞かれることが多く、説明に時間をとられるので、朝、思い切って土塗りの見本を切り取って美術館に運ぶ。
学芸課の河本さんに不用展示台を貸してもらい、練り土積みの土団子と見本を並べる。
それらしくなって、効果てきめん。
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長谷川先生といっしょに窓枠をとりつける。
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土落ちを防ぐための縄巻の作業。時間がかかるが、大事な仕込みの作業。
奥村、稲垣、木下の学生スタッフが手伝ってくれる。
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3時の休憩時間。松井紫朗一家がアイスクリームを差し入れしてくれる。
美術館の入口横の屋根の下が、われわれの食事と休憩の空間。
敷石のモデュールや床の段差がまたも作業に役立つ。いつのまにかこの空間がからだになじんでいる。
時の流れの中での光や風や音の変化、来館者や観光客たちの振る舞い。
半野外の空間というのは、変化に富んでいてあきない。
by peuleu2 | 2010-07-24 23:06 | 動く土
2010年 06月 08日
@KCUA Café_2: Trouble in Paradise
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5月連休明けから取り組んできた大藪さんの民家の土の救出が、5月29日(土)にようやく一段落した。
大藪家の門と土塀は、このあたりが「岡新田」として開発された300年前から存続してきた。
特に壁土や土塀の土は、とても質のいいもので、それが手に入れば、『生存のエシックス』展でつくる予定の「アクアカフェ」にとって、コンセプト面と技術面でぐっと前進する。
コンセプト面では、京都の西の端にある江戸時代の土を、東の端の琵琶湖疏水の水と混ぜて建築することができること。
技術面では、これまでのように道路工事現場などで入手した残土で必要だった精製処理がいらなくなったこと。

大藪家の解体がいつどのように進むのか、そこからの土の救出がどのように可能か、そうしたことが不明だったので、だめなら、沓掛インターの工事を手がけている大林組と交渉する必要があった。
なにせ、今度の展覧会に参加するにあたって、僕が自分に課した条件は、きわめてシンプルで唯物的なものだ。
すなわち、「主材料は買わない、展覧会後も再利用する」。これだけだ。

とはいえ、これを実現するには、多くの人の協力と、自分自身の多大な労働量が必要。
前者については、つちのいえをいっしょに進めてきたPLUSの院生メンバーがほとんど当てにできなくなったものの、テーマ演習の熱心な受講生が手伝ってくれた。OAPもほとんど実労メンバーがいなくなったが、地元に住む新メンバーの三木由也さんが、椎原保さんとともに、ときに駆けつけてくれる。
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更地となってしまった大藪家の跡地の中央に、井戸のあとが二つあった。
井戸も埋め殺された。

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近づいてみると、井戸の跡には、塩ビパイプが地中につっこんである。まわりに塩がまかれている。
聞けば、井戸には水の神様がいて、お酒と塩をまいて、鎮めているのだそうだ。
解体を受け持った吉井工務店の吉井社長によると、井戸を埋めるのに、4トントラック10杯分の砂が入ったという。新田開発された17世紀には、この巨大な井戸が暮らしの要だっただろう。

水のゆくえ。

今年になって、ずっと「価値の起源」ということを考えている。
頭の中にずっとあるのは、アフリカの荒野の風景だ。
塩と金を自然から摂り、砂漠で交換する、その風景。

ひるがえって、温帯モンスーン地帯の極東アジアのこの地。
大地を循環する土と水と竹とワラ、そして労働、人との信頼・協力関係。
ひとがこれらとともにあれば、生きていくためにさほど金銭は必要ない。
近代の市場経済は、これらすべての循環をたちきり、金銭に還元する。
そういう価値システムの中で、アートは、どこにどう位置すればいいのか。
芸術活動をオルタナティヴな経済活動、あるいはメタ経済活動にできるか。

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土の次は竹の入手。
6月6日(土)、おおまかな設計をして、竹の必要量を割り出し、ひとり竹林に赴く。
大原野北春日町の大五さんの竹林も、大藪家と同様、第二外環状道路の予定地にかかり、廃棄される運命にある。
いくらでも取っていいといわれた竹林は、放置竹林に近く、相当荒れている。
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6月7日(月)、二日間でほぼ3分の2の材料を集めたか。幸い気温が高くない。
今月中に加工しておかないといけない。まだまだ乗り越えるべき壁がある。

だが、ずっと野外で孤独に肉体労働を続けていると、自分の中のなつかしい野生がめざめてくる。

イノシシの子供の首吊り死体といっしょに働く日々。

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by peuleu2 | 2010-06-08 00:52 | 動く土
2010年 05月 11日
@KCUA Café_1: Sauver la terre
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連休明けから、いよいよ大藪さんの家屋の解体がはじまった。
土塀の土はいただけることになっていたが、横の門屋の壁土もすばらしいので、松尾工務所にお願いしてみたら、快く解体業者の吉井工務店に話してくれた。
吉井工務店の社長はいい人で、4日だけ解体を待ってくれることになった。
それまでに土をできるだけ運び出さねばならない。
幸い、芸大のテーマ演習「つちのいえ」の受講者が比較的多いので、
彼らの協力もあおぎながら、連日、土の救出に取り組む。
by peuleu2 | 2010-05-11 23:19 | 動く土
2010年 03月 30日
déplacement de la terre 005
沓掛インターの建設工事が急ピッチで進行している。
OAPの助成金申請書づくりで疲れた頭で、柵の中に入り込んで、係員に怒られる。
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えぐられた大地の斜面ごしに、勤め先の芸大の博士課程棟の建物が見える。
先日、疏水の撮影で委員会を欠席したときに、欠席裁判で次期委員長に選ばれてしまった。
芸大の教員も学生も内向きで、自分たちの真横で起きている風景の変化には無関心だ。
なんだか嫌気がさしてきた。
この風景を見たとき、何かが自分の中でぷつりと切れた。
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見せたくないものを隠す「美的なもの」。その奥に土木作業現場。その向こうに芸大博士棟。
美術を志す前、僕はじつは、柵の向こうの建設作業的なものに漠然と魅かれていた。
今もそれはある。ただむやみに破壊し、むやみにつくりたい。
わけのわからない衝動。
きれいごとなど、決して言えない。

MERP 003-2
place: 34°58'N, 135°39'E(京都市西京区大枝沓掛町)
date: 2010/03/30
by peuleu2 | 2010-03-30 23:58 | 動く土
2010年 03月 16日
déplacement de la terre 004
3月16日(火)、琵琶湖疏水の再通水の撮影。

昨夜の大雨で、幸い雨はあがり、曇り空の下、高速で大津に急ぐ。
9:00 大津の疏水事務所前に集合。機材の準備。
9:30 岡本所長、到着。車を事務所の中に入れ、撮影ポイントを決める。
どう水が入ってくるか、まったくわからないので、セッティングにあせる。
9:55 10時と聞いていたのに、5分早まって開門。
セッティングを終えてすぐ、あっというまに水が口を開いた水門から流入。
最初の水の先端をずっと追いかけたかったが、地理的にも体制的にも不可能。
しかし、ざあっと流入してきた水の感触は、確実に身体に残る。
きびすを返して、小関越えで藤尾に向かう。
10:10  第一トンネル出口に到着。まにあう。
第一トンネルは長さ2436m。この日は、通常6t/sのところ、2t/sの水量という。
水路が濡れているので、水の流速は予測される1.5m/sより多少早まる。
とすると、トンネル通過に約1500秒。
水路に降りて、真っ正面から水が出てくるところを撮りたかったが、職員に制止される。
やむなく護岸壁の下段の上から、カメラをセッティング。
かたずをのんで、水が出てくるのを待つ。

水量の増加は思ったより早く圧倒的で、もし水路に降りていたら、たいへんな目に会っていただろう。
あわてていて、自分のカメラをもって降りるのを忘れた。
だが、けっして後戻りしない水の流れとともにあった時間は、かけがいのない体験だった。
時間もおそらくこんな感じで圧倒的に流れているのだろう。
決して流れをさかのぼることはできない。

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借りた機材を同女に返却に行った帰り道、
長岡京の小畑川沿いの住宅地で、動く土の山にのぼる。

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MERP 004
place: 34°55'N, 135°40'E(長岡京市こがねが丘1丁目)
date: 2010/03/16
by peuleu2 | 2010-03-16 22:38 | 動く土
2010年 02月 24日
déplacement de la terre 003
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やはり「動く土・リサーチプロジェクト Moving Earth Research Project/MERP」を正式に始めることを決意。

昨秋、科研に応募するときに思いついたアイデアだが、やはり面白いと確信するようになった。
自分の中でリアリティを持つようになったということだろう。
どう作品に結びつくのかわからないが、当分続けていって、得るものはあるような気がする。

科研、とれたら弾みがつくのだが。
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MERP 003
place: 34°58'N, 135°39'E(京都市西京区大枝沓掛町)
date: 2010/02/24
by peuleu2 | 2010-02-24 23:59 | 動く土
2010年 02月 20日
déplacement de la terre 002 / trace de l'eau_2
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2月15日(月)、疏水事務所にて、19日の第一トンネル撮影について、岡本所長と打ち合わせ。
撮影の日程と場所、段取りを決める。
岡本所長に第一竪坑の案内板のデザインの相談を受ける。
これはまた引き受けねばなるまい。

事務所横の運河に、土嚢がずらりと積まれていた。岩壁補修のため、水をせき止めているという。
このところずっと、大地から切り離された土のゆくえが気になっている。
やはり、フォークリフトだけでなく、ユンボの運転資格も取る必要があるか。

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MERP 002
place: 35° 00'N, 135°46'E(京都市左京区聖護院蓮華蔵町35)
date: 2010/02/20


d0141644_2221048.jpg第一疏水第一トンネルへの水路。
水が少し残っている。
19日、ここに撮影に入る。

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2月19日(金)午前10時。
ロンドンのRCAから来た美術家・デザイナーチーム4名を含め、総勢13名の調査隊。ほかに水道局の美人職員さんもいっしょ。
第一トンネルは全長2400m。直線のため、出口の光が見える。
疏水事務所の岡本所長と足立係長がフォローしてくれる。
なんともありがたい。

近代都市基盤となった明治期の治水系土木遺産に入るのは、神戸の湊川隧道(1901年8月竣工)に次いで、これで2度目。
そういえば、湊川隧道との出会いとなった新開地アートブックプロジェクトは、いみじくも「まちの地質調査」を使命としていた。自分から言い出したわけではないが。
「芸術」などの文化の上澄みより、それを生み出す基盤や構造に魅かれるのは、どうしようもない性分なのだろう。だから仕事が地味なのだ・・・


by peuleu2 | 2010-02-20 02:43 | 動く土
2009年 12月 24日
déplacement de la terre 001
つちのいえのために、彫刻棟のまえに1年以上前から仮置きさせてもらっていた1トン土嚢4つを動かさないといけない。
加えて、来年は京都国立近代美術館の前庭に、土嚢をずらりと並べないといけない。
科研でも「動く土リサーチプロジェクト」というのを思いついて提出したし、このところ、土嚢のある風景が気になっている。
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MERP 001
place: 34°56'N, 135°40'E(京都市西京区大原野石見町、善峰川と丹波街道の出会い)
date: 2009/12/24

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12月24日、彫刻棟のまえに1年以上前から仮置きさせてもらっていた1トン土嚢4つを、つちのいえの作業現場に移す。

9月にフォークリフトの免許をとっておいてよかったと痛感。

塀の支柱の間隔は1m。土嚢の幅は1.2m。柱のあいだから土嚢は通らない。
結局、柵ははずさずに、リフトを上までもちあげて、パレットごと落とす方法をとることに決定。

芸大のトヨタ製のフォークリフトは、100%ゴムタイヤなうえ、2段階チルト式で、ツメの部分だけが動くようになっているすぐれもの。
道具はいいものをそろえよ、というものづくりの現場の鉄則が生きている。
ディーゼル用の軽油がなくなっていたので、秋山陽先生が買いに走ってくれ、長谷川直人先生がリフト操作を適確に指示してくれた。

ノーナンバーのフォークリフトに土嚢を積んで、大学のそとの公道を120mほど移動。
高さ2mほどの柵越えに、4つの土嚢を順に、ドサリ、と地面に落とす。

ずっと心配の種だったが、比較的スムーズにことを終えて、ほっと胸をなで下ろす。
これで、つちのいえの作業は、一つの山を越えた。

仕事であれ、人との関係であれ、
何事によらず、必ず「その日」はやってきて、「それ」は終わる。

(自分が作業していたので、写真記録は学生にまかす⇒*
by peuleu2 | 2009-12-24 23:35 | 動く土