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2008年 01月 04日
Biosphere 2
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2008年1月3日 10:00AM  バイオスフェア2を訪れる。
バイオスフェア2は、今回の研修旅行の目的地のひとつ。フェニックスから車で2時間、アリゾナ州オラクル Oracleの砂漠のなかにある史上最大の閉鎖生態系の実験施設。
総面積1.27haの内部に、第二の地球と称して、熱帯雨林、海洋、湿地帯、砂漠などの典型的な生態系が人工的につくられている。
8人の科学者が2年交代で100年間、この閉鎖空間の内部で生活するという当初の実験の目的は、周知のように1994年に無残な失敗に終わり、管理者が何度か代わったあと、現在はアリゾナ大学の教育施設として、一般見学者にも開放されている。
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内部はガイドツアーで見学してまわる。大人一人20ドルだが、4人だったからか、18ドルになった。ここは人工の砂漠生態系。地下に巨大な給水施設がある。ガラスの向こうにみえるのは、South Lungと呼ばれる巨大な気圧調整室。
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South Lungの内部。バイスフェアの肺というだけあって、天井の円盤が昇降することで、パイプでつながった温室に空気の潮汐 Air tideをつくり出す。ガイドが下降のデモンストレーションをしてくれた。かたちとスケール、緩慢な上下運動とそれが生み出す巨大な風圧がアートとも呼べる気配を発散している。「肺」はもうひとつ西側にもある。
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海洋 Oceanと呼ばれる人工池では、人工的に波を作り出して、渚らしきものを配している。だが上の遊歩道から見下ろしてすぐ、この渚は死んでいると直感できた。
案の定、地下からガラス越しに見ると、藻類が大量発生し、底で軟泥化している。いわゆるGreen Slime。機械的に生み出された波が、規則的な揺れをつくりだしているが、京大の森本先生によると、生きた波はただ規則的な反復ではなく、大きな不規則性を内包していて、そうした乱れがないと自然の生命は延命できないという。風がなくてまわりの空気がたえず動いていないと、木が枯れてしまうのと同じ。
個々の要素がいくら正しくても、それらの加算集合だけでは生きた全体は得られないという自然の教え。規則と不規則、秩序と乱れの動的バランスとしての生態系。
バイオスフェアが建設された80年代は、まだこうした複雑系のメカニズムが十分に認識されていなかったという。
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中にいるとそう感じないが、外から見ると異様なまでに大きく感じる。まわりは本物のアリゾナの砂漠。空の青がとても深い。
# by peuleu2 | 2008-01-04 22:36
2008年 01月 03日
Osaka - Detroit - Phenix
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2008年1月2日 1330 関空 発 NW070
同日      1130 Detroit 着 1555 Detroit 発 NW263
同日      1825 Phenix 着

彫刻の松井紫朗さん、京大農学部の森本先生、同学生の小田君と4人でアメリカへ。
ミシガンのデトロイト空港はノースウェスト航空のハブ空港。鈍重な直線的デザインのマンモス空港。自動車産業の町らしく、やたら日本人が多く、英語と日本語の二カ国表示。構内に金子潤さんの陶彫が飾ってあった。
ここから西へ戻るかたちでアリゾナのフェニックスへ。計15時間以上の長旅。

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久しぶりのアメリカ。やはり食事はヴァリューム過剰。

フェニックスは、上空から見ると、アリゾナの荒野に浮かぶ巨大人工都市。
ヨーロッパでは見かけないスケールの光景に息を飲む。座席が窓から遠くて写真を撮れなかった。
空港からHertzのレンタカーでホテル Quality Inn at Phenix Airport へ。
# by peuleu2 | 2008-01-03 19:07
2007年 12月 31日
Lessons of time
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2007年12月29日、金比羅詣での帰途、久しぶりに児島のアトリエ《Lessons of time》に立寄る。
ここは、僕の美術活動の第二の出発点だった。
14年前のちょうど今ごろから、この難波産業の旧染織工場に通って、翌春にひかえた京都での個展「時間のレッスン」の準備を始めたのだった。
その少し前から、この工場は、難波産業の会長である難波道弘さんの好意で、小野和則さんがアトリエとして使いはじめていた。「時間のレッスン」展を難波さんに気に入ってもらえて、終了後、僕もこの旧工場の一角をアトリエとして使わせてもらえることになり、小野さんと共同でこの看板をつくって掲げたのだった。

難波道弘さんは、僕がそのときまでに出会った中で最高の、茶人にして経済人、水泳の名人にして美術愛好家、いわば近代日本最後の芸術パトロンといえる人物。
時がすぎ、その難波さんも今年で92歳になられた。小野さんも大佐町に新居をつくって、まもなくここを撤収するという。いつかここも建替えられるのだろう。

なかに入ると、埃っぽい、ひんやりした空気が足許からからだを浸してくる。万物を浸す時間のプールが、ここにいると見えてくる。

フランスから日本に帰ってきて、この出発点に立ち戻れたのも何かの機縁だ。
もう一度、「時間のレッスン」を。死ぬまでずっと。
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# by peuleu2 | 2007-12-31 17:27